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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)845号 判決 1992年6月24日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金八一万三〇〇〇円及びこれに対する平成二年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、有体動産仮差押えの債権者である原告が、執行官の仮差押物の保管状況を点検する職務を怠つた行為が違法であると主張し、被告に対し、国家賠償法に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

一(一)  原告は、株式会社橋本(以下「訴外会社」という)に対する手形金債権五〇〇万円を被保全権利とする昭和五九年六月八日付け発令の有体動産仮差押決定(名古屋地方裁判所昭和五九年(ヨ)第九四〇号事件)の正本に基づき、名古屋地方裁判所執行官に対し、訴外会社を相手方とする動産仮差押執行の申立て(以下「本件執行事件」という)を行い、同庁執行官小田利一が同事件の担当者となつた。

(二)  小田執行官は、同月一四日、本件執行事件につき執行場所である名古屋市中区栄二丁目一二番一一号板東ビル内の訴外会社が経営する日本料理店「淡林」に臨場し、動産二三点(以下「本件動産」という。評価額八一万三〇〇〇円)について仮差押えの執行をした。

(三)  小田執行官は、本件動産の全点について「淡林」店舗入口に設備されていたレジカウンター内部の後ろ側壁に公示書を貼付し、更に本件動産のうち調理器具及び電気器具については個別に仮差押物件封印票を側面に貼付した。小田執行官は、本件動産を緊急に換価する必要はないと判断し、かつ、これを訴外会社(代表取締役橋本顕二)に保管させることを相当であると認め、同社に対し、保管場所を執行場所(「淡林」)と指定して保管を命じるとともに、その使用を許可し、本件動産の処分、仮差押えの表示の損壊その他の行為に対する法律上の制裁を告知した。

2(一) 原告は、昭和六〇年九月二〇日、名古屋地方裁判所執行官に対し、第三者が本件執行場所において開店しているとの風評があるとして、本件執行事件につき、点検の申出をした。

(二) 小田執行官は、右申出に基づき、あらかじめ点検期日と定めた昭和六〇年一〇月二三日午後五時一〇分ころ、点検を行うべく執行場所に臨場したが、「淡林」の入口の扉は施錠されていたので、全戸不在と判断して点検を中止した。

(三) 本件執行事件は、昭和六一年六月二日、小田執行官から後任担当者である名古屋地方裁判所執行官安藤哲男に引き継がれた。

(四)  原告は、昭和六二年八月二八日、名古屋地方裁判所執行官に対し、期間経過を理由として、本件執行事件につき、点検の申出をした。

(五)  安藤執行官は、昭和六二年九月末ころ、本件執行場所近隣へ行つた際、本件執行場所「淡林」のあつた板東ビルが既に取り壊されていることを知つた。(この項は、乙一五によつて認める。)

(六)  名古屋地方裁判所執行官後藤繁は、平成元年一〇月二三日、安藤執行官に代わつて本件執行事件につき点検を行うべく、本件執行場所に臨場したが、本件執行場所に板東ビルはなく、本件動産も所在不明になつており、点検の実施は不能であつた。

3(一) 原告は、平成元年一二月一三日、名古屋地方裁判所に本件仮差押えの被保全債権につき本案訴訟を提起し、平成二年一月二三日、その全額を認容する勝訴判決を得た。原告は、同年二月七日、右判決正本に基づき、同庁執行官に対し、動産の強制執行の申立てを行い、同庁執行官西村大三がその担当者となつた。

(二) 西村執行官は、同月一九日、本件動産につき強制執行を行うべく本件執行場所に臨場したが、本件動産の所在は前記3(六)記載のとおりであり、訴外会社及び代表者橋本の転居先も不明であつたため、右強制執行は不能であつた。

二  争点

1  執行官の過失及び違法性

(一) (原告の主張)

(1) 執行官は、仮差押物件について善良な管理者の注意をもつて保管する義務を負い、仮差押債権者の申出の有無にかかわらず、必要があれば自ら仮差押物を点検し、仮差押物が紛失しないよう適時に適切な方法で監視する必要がある。小田執行官は、昭和六〇年九月二〇日、原告から点検の申出があり、かつ、その当時既に本件仮差押執行から一年余りの期間が経過していたのであるから、他に合理的な理由がない限り、仮差押物の点検を実施する注意義務があつた。にもかかわらず、同執行官は、これを漫然と怠つたもので、過失がある。

(2) また、安藤執行官は、昭和六二年八月二八日、原告から点検の申出があり、かつ、その当時既に本件仮差押執行から三年余りの期間が経過していたのであるから、他に合理的な理由がない限り、仮差押物の点検を実施する注意義務があつた。しかし、同執行官もこれを怠つていたもので、過失がある。

(3) さらに、安藤執行官は、昭和六二年九月末ころ、板東ビルは既に取り壊されてなく、本件動産も紛失している事実を知つたのであるから、これを原告代理人に対し連絡する職務上の義務がある。しかし、同執行官は、これを怠つたもので、過失がある。

(二) (被告の主張)

(1) 執行官の執行処分等については、執行手続の性質上、民事執行法に定める救済の手続より是正されることが予定されている場合には、特別の事情がある場合を除いて、権利者が右手続による救済を求めることを怠つたため損害が発生しても、国に対しその賠償を求めることはできない。本件の場合、原告の主張する執行官の不作為については、民事執行法一一条一項後段の規定により、執行裁判所に執行異議を申し立てることができるにもかかわらず、原告は、執行異議の申立てをしていない。したがつて、原告の主張する損害は、原告が右手続による救済を怠つた結果によるものというべきであるから、被告に賠償責任が生じることはない。

(2) 前項の主張が認められないとしても、執行官には原告主張の過失はない。

民事執行規則によれば、点検の実施は執行官の裁量に属しており、債権者の申出があつたとしても、必ず点検を実施しなければならないわけではない。

また、執行官が仮差押物を紛失した場合に追跡調査を行うことについては根拠規定がなく、執行官にはかかる調査義務はない。

さらに、執行官には、本件動産の紛失を仮差押債権者の代理人に連絡する職務上の義務はない。

したがつて、原告が指摘するいずれの執行官の行為にも、職務上の義務違反はないのである。

(3) さらに、有体動産仮差押えの執行は、金銭債権についての動産執行を保全するために行われるものであつて、本案訴訟の早期の提起を予定しているものであるところ、原告は、本件仮差押執行後、すみやかに訴外会社に対し本案訴訟を提起して勝訴判決を得ていれば、本件動産の強制執行ができたと思われるのに、漫然これを行わず、後藤執行官が本件動産の保管状況を点検し、その不存在が判明した後、すなわち本件仮差押執行から五年余を経過した後にようやく本案訴訟を提起したものである。したがつて、本件動産の紛失による原告主張の損害は、原告が自ら招いたものというべきであつて、いずれの執行官の行為にも違法性はない。

2  執行官の過失と本件動産紛失との因果関係

(一) (原告の主張)

(1) 本件動産紛失の時期は、原告が点検を初めて申出た昭和六〇年九月二〇日から板東ビルが取り壊された昭和六一年三月二一日までの間と推測される。しかし、紛失の具体的経過は不明である。

(2) しかし、執行官の仮差押物保管の職務において義務の不履行があれば、右職務上の義務違反と仮差押物である本件動産の紛失およびこれによる損害との間には因果関係があると推定されるべきであつて、右の因果関係がないことは被告において主張立証する責任がある。

(3) 仮に、この点の主張立証責任が原告にあるとしても、そもそも点検とは仮差押物の紛失の防止を目的とするものであり、かつ、既に紛失した後であつたとしても点検による現状の確認が債権者の損害を回復するために極めて重要な契機になることは明らかであるから、本件のように執行官が十分な点検をしておらず、かつ、そのために封印破棄罪等で告訴する手がかりすら見つけられないような場合には、原告が主張する注意義務違反と損害との間に因果関係があると推認すべきである。

(二) (被告の主張)

(1) 原告の前記(一)(2)及び(3)の法律上の主張は争う。

(2) 訴外会社は、保管中の本件動産の処分が原告の権利を侵害するものと知りながら、執行官に察知されないように処分したものと推認される。したがつて、本件動産の紛失は、原告主張の執行官の過失によつて通常生ずべき損害とはいえないから、相当因果関係がない。

3  原告の損害(原告の主張)

訴外会社には、他に見るべき資産がないから、本件動産が紛失したことによつて原告は、本件動産評価額八一万三〇〇〇円相当の債権の弁済を受けられなくなつた。

第三  争点に対する判断

一  民事執行規則一六六条(平成二年改正前。以下、同じ)が準用する同規則一〇八条一項によれば、「執行官は、債務者、差押債権者又は第三者に差押物を保管させた場合において、差押債権者又は債務者の申出があるときその他必要があると認めるときは、差押物の保管の状況を点検することができる。」と定められており、右によれば、執行官による仮差押物の点検は、その職務上の裁量に属すると定めていることが明らかであるから、執行官は、債権者の点検の申出があつたからと言つて必ず点検をしなければならないわけではない。

しかし、執行官は、債務者に仮差押物の保管を命じた場合にも、当該仮差押物の現状が変更されることなく適切な状態で保管されるよう適時適切な方法で監視する職務上の義務を負うものであり、また、債権者がする点検の申出は、仮差押物の期間の経過や現状変更の危険の存在等を執行官に上申するなどして、その職務行為発動の契機の一つとなり得るものであること、いうまでもない。

ところが、前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、本件において、小田執行官は、昭和五九年六月一四日に仮差押えの執行をした後何らかの点検もされていなかつた本件動産について、しかも、第三者が本件執行場所において開店しているとの風評がある旨を理由とする債権者たる原告からの点検の申出(昭和六〇年一〇月二〇日)を受けながら、同月二三日に全戸不在のために執行場所である「淡林」の店内に入ることなく点検を中止し、次回期日を追つて指定としたまま、昭和六一年六月二日に本件執行事件が安藤執行官に引き継がれるまでの約二年間、一度も本件動産の点検の続行期日の指定及び点検を実施していないのであり、また、安藤執行官も、漫然、原告から再度の点検申出がない以上点検は不要と考えて何ら本件動産の点検を行わず、しかも、昭和六二年八月二八日には原告訴訟代理人から期間の経過を理由とする点検の申出を受けながら、また、同年九月末ころには既に執行場所の存在する建物がなくなつていることを事実上知りながら、点検を実施することなく放置し、結局、平成元年九月に同執行官の後本件執行事件を引き継いだ後藤執行官が、点検期日を平成元年一〇月二三日に指定して執行場所に臨場したところ、執行場所のあつた建物が既に取り壊されており、仮差押物の所在も不明となつていることから点検が不能となつたというのであつて、少なくとも小田執行官及び安藤執行官の執行官としての職務行為に適切さが欠ける点のあつたことは否定できない。

二  しかしながら、本件においては、右職務行為の懈怠というべき執行官の不作為と本件動産紛失との間の因果関係が問題となるので、以下、これについて検討する。

1  国家賠償法一条一項に基づき損害賠償請求権の存在を主張する者は、加害行為と損害発生との間の因果関係を主張、立証することを要するものと解すべきである。原告は、執行官の仮差押物保管の職務において義務の不履行があれば右の因果関係の存在が推定されるので、因果関係がないことは被告において主張立証する責任があると主張するが、右主張は、独自の見解であつて、採用することができない。

2(一)  次に、原告は、右の因果関係の存在についての主張立証責任が原告にあるとしても、そもそも点検とは仮差押物の紛失を防止し、かつ、既に紛失した後であつたとしても点検による現状の確認が債権者の損害を回復するのに極めて重要な契機になることは明らかであるから、本件のように執行官が十分な点検をしておらず、かつ、そのために封印破棄罪等で告訴する手がかりすら見つけられないような場合には、原告が主張する注意義務違反と損害との間に因果関係があると推認すべきである旨主張する。

(二)  しかしながら、そもそも民事執行規則の定める点検の制度は、執行官が仮差押物の現状及び保管状況を点検把握して、現に仮差押物の不足・損傷やその他保管者の保管状況の不適切であることが発見された場合に、執行官において保管者を指導する、更には仮差押物の保管方法の変更を命じるなどの是正措置を講じ、かつ、保管者でない債権者及び債務者に対して仮差押物に不足又は損傷があることを通知する(規則一六六条、一〇五条三項)こととして、保管状況の把握及び現状変更の防止をしようとするものである。執行官は、それ以上に、仮差押物が紛失した場合の探索行為や、不足・損傷及び紛失した仮差押物の原状回復については、その職責も権限もない。したがつて、執行官による仮差押物の適時の点検によつて、保管者の保管状況が不適切であることが判明し、保管者の変更などによつて以後の仮差押物の紛失又は損傷が未然に防止されることはあり得るところであり、また望ましいところではあるが、実際には仮差押物の紛失前の点検にあつては仮差押物の現存することが確認されるにすぎないことが多いし、紛失後の点検にあつては仮差押物の行方について何らの手がかりが得られないことも多いのは、経験則上明らかであつて、これも右制度の趣旨からやむを得ないところである。

そうすると、執行官が十分な点検をせず、そのために封印破棄罪等で告訴する手がかりを見つけられないという事実のみをもつて、仮に適時の点検がされていれば仮差押物の紛失が防止されたり、仮差押物の紛失による債権者の損害が回復されるであろうという因果関係を推定することはできないものと言わざるを得ない。

3(一)  そこで、本件において、原告の主張する執行官の過失と原告の損害との間の因果関係の立証があるか否かを検討する。

(二)  まず、前示争いのない事実によれば、本件仮差押執行時に小田執行官が本件動産の全点について「淡林」店舗入口に設備されていたレジカウンター内部の後ろ側壁に公示書を貼付し、更に本件動産のうち調理器具及び電気器具は個別に仮差押物件封印票を側面に貼付した上で、訴外会社に対し、本件動産の全点について保管場所を「淡林」と指定して保管を命じるとともに、本件動産の処分、仮差押の表示の損壊その他の行為に対する法律上の制裁を告知したにもかかわらず、本件動産が紛失していることが明らかであり、右事実から訴外会社または第三者が、仮差押債権者に対する権利侵害になることを知りながら本件動産を「淡林」から持出をしたことが推認できる。しかし、右持出の時期については、《証拠略》によつて「板東ビル」の取壊時期が昭和六一年三月二一日であることが認められることから、同日以前であることが推認できるものの、原告主張のように昭和六〇年九月二〇日以降であることは、これを認めるに足りる証拠がない(《証拠略》によると、小田執行官が昭和六〇年一〇月二三日に「淡林」に臨場した際は、少なくとも店舗の外観及び「淡林」の看板はそのままであつたことは確認されているものの、右店舗の内部を確認していないのであるから、これをもつて、本件動産がその時点で右店舗内に現在していたと推認することもできない。)。そして、他に右紛失の時期を認定し得る証拠はない。さらに、右持出が継続的・連続的に行われたか、一時に行われたか、また、右持出後に本件動産の行方について何らかの手がかりを残されていたか、残されていなかつたかについても、これを認定するに足りる証拠はない。

(三)  したがつて、本件全証拠によつても、小田執行官及び安藤執行官が適時に点検を実施し、あるいは、債権者代理人に本件動産紛失の事実を連絡していたとすれば、それによつて本件動産の紛失を防止し、あるいは、本件動産の紛失による債権者の損害を回復するに足りる手段を尽すことができたということを推認することは極めて困難である。したがつて、小田執行官及び安藤執行官の点検の懈怠と原告の損害との間の因果関係は、これを認めるに足りないものと言うほかはない。

三  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 杉原 慶 裁判官 住山真一郎)

《当事者》

原 告 株式会社スペースデザイン名古屋

右代表者代表取締役 阪野敏幸

右訴訟代理人弁護士 大山 薫

被 告 国

右代表者法務大臣 田原 隆

右指定代理人 大圖玲子 <ほか一名>

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